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タオと猫の庭

記憶

「Permanent  present tense」

 The man with no memory,and

what he taught the world.


「健忘症患者H・Mの生涯」。

てんかん治療のために、二十六歳で脳の一部(左右の内側側頭葉)を切除したH・Mは、
術後、重度の健忘症になった。記憶の保存が不可能になってしまったのだ。
両親、たくさんの研究者や病院関係者に支えられながら
生涯を「脳検査のモルモット」として生きた。

わたしたちは、過去に学習して記憶した情報や技能にもとづいて行動している。
記憶があるから、過去に学び、未来に何をしようかと考えることができる。
瞬間から連続していく長い時間の中を生きることができる。

でも、もしその記憶がなかったら……?

H・M(ヘンリー・モレゾン)の悲劇は記憶の再生をすることができなくなり、「現在の中に閉じ込められてしまった」こと。

ヘンリーは研究対象として、たくさんの人にケアされながら暮らす。
救われるのは、彼自身が自分が人の役に立っていることを喜んでいたこと。

健忘症と言う病気だったからこそ、いわゆる知能テストのような検査と質問の繰り返しを延々と
数十年にわたって続けられたのかもしれない。そうでなかったら、いくら科学貢献といえども
続けられなかっただろうと思う。

ヘンリーのおかげで、脳のメカニズムが解明された。
生きている間の検査研究、そして、死んだ直後にも、科学者たちの見事な連係プレーによって
ヘンリーの脳は彼から取り出され、何百枚ものCT画像を取られ、さらに、保存される。

世界一、研究しつくされた脳。

本を読んでいて感じる「人間の尊厳」に対する違和感はすれすれのところで押さえられる。

研究者たち、とくに四十年以上を共にした筆者のスザンヌ・コーキンのヘンリーへの思いは

他人がとやかく言う隙を与えない。研究対象としてだけでない、人間としての深い情があったのだと容易に想像がつく。

スコヴィルによって施されたヘンリーの最初の手術も、実験的なものだったと明記されている。
医学の進歩の陰に、こうしたたくさんの「臨床実験」があったことを考えて
複雑な思いになった。


memo

➀短期記憶を長期記憶に移行させるには、側頭葉深部にある特定の脳領域が不可欠。

②短期記憶と長期記憶は異なる脳回路が担う別個の過程。

③特定の出来事の記憶(エピソード記憶)
 事実の記憶(意味記憶)
この二つはどちらも前向性健忘症では欠損する。

④特定の出来事の細部(自伝的エピソード記憶)は失われても、外界に関わる一般的知識(意味記憶)は維持される。

⑤記憶は固定化することにより、自己のものとなる。
ヘンリーの場合は、手術前の記憶は固定化できていたが、術後の記憶は固定化できないため、
記憶の更新ができなかった。

⑥ヘンリが覚えていた二つの自伝的エピソード
飛行機に乗って操縦桿を握らせてもらった体験
初めて吸った煙草でむせたこと。
強烈な体験は残る。
⑦彼は記憶を呼び起こそうとするたび「ぼくは自分と議論します」と言う。
⑧ヘンリーは物を覚えられないが、その障害を補う方法を見出すことがある。
⑨夢を見ることで、記憶は固定化される。
by f-azumi | 2015-01-13 17:13 |
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