タオと猫の庭

カテゴリ:本( 43 )

「ひかりあつめて」

友人から本が送られてきました。



詩人で童話作家の杉本深由起さんの詩集です。

最近のニュースとも重なって、胸をどんと突かれた思い。

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詩を連ねていって、ひとつの物語になっています。

その中から、いくつかを抜粋。

勇気を出して、自分の心に忠実になろうとしたら
いじめの標的になってしまった少女。

「言葉の力で、いじめを越える」
少女の心の軌跡。


   < 引っ越してきた街>


 道をたずねたら

 海に向かって
 三つめの角をまがればすぐですよ
 という答えが返ってきた

 いかにも言い慣れた感じで


海にむかって
 山にむかって
 空にむかって
 
 なんて単純明快
 いい響き
 あっけらかんとした明るさよ

 道を下れば 海
 坂を上がれば 山
 見上げれば 空

 好きになれそう
 この街が

   <新しいクラス>

 「新川ユキです。
 よろしくお願いします」
 先生と教室に入ってみんなに挨拶したら

 とつぜん
 ドタドタと ものすごい音をたてて
 男子たちが床を踏み鳴らした
 ヒューッと口笛を鳴らす者
 制止しようともしない先生
 一部の女子たちの しらっとした視線
 勝手な笑い声とまばらな拍手

 先生 男子 女子
 三つの物体が てんでばらばらに
 浮遊しているような このクラスは
 なにかが違う
 前の学校とは


    <らせん階段>
 
お弁当の時間
 山本さんが当番でいれたお茶は
 みんな絶対に飲まない
 ご飯でのどをつまらせながらも
「クサイ」
「キタナイ」
 と鼻をおさえて

 いつまでも
 教卓の上に置かれている
 大きなやかん
 自分の席でひとり
 うつむいてお弁当を食べている
 山本さん

  --のみたい
  --のんであげたい

 わたしの心のらせん階段を
 くるくる駆け上っては
 すごすご おりてくる
 言葉にはできない
 思い。

    <雨>

 授業中
 先生の話を聞いていたら
 ――ポツン
 なにかが背中にあたった
 まるめられたノートの切れ端
 「しゃしゃるなよ」のひと言

 気にしないでいたら
 ポツン、ポツン
 ポツンポツンポツン
 だんだん本降りになってきた
 ナイフで小さく切り刻まれた
 消しゴムの雨

 放課後 階段を下りていたら
 頭上に降ってきた
 ちりとりで集めたごみの雨

 うすぎたない雨が
 わたしに降りかかりだした

 山本さんの入れたお茶
 飲んであげた日から

     <湖>

 風から気管支炎になって
 肺炎 入院 重体
 やっと退院
 登校した日の朝だった。

 黒板いっぱいに
 書いてあった
 わたしの名前と
  --おまえなんかいらない
     死ね!

 息をのみ
 見開いた
 わたしの目

 湖になれ
 醜悪なもの 沈めても
 翌朝には また
 しーんと
 透きとおる湖になれ

   〈むねに抱いて>

 --隠された!
 わたしの体育館シューズ
 靴箱からなくなっている
 しょぼんと体育館にむかうと

 先に教室を出た工藤さんが
 体育館にもってきてくれていた

 「バイキン、さっさと死ね」
 とチカコたちに言われる毎日
 山本さんまでいっしょになって
 「はよ、屋上へ行き、
  背中押したるで」
   だなんて。
 そんなわたしの体育館シューズ

 工藤さんたら
 にこにこ笑って
 花束みたいにむねに抱いて

     <ひとりじゃない>

 お弁当を残して帰った日
 母さんが心配そうにしていた
 「なにかあったらちゃんと話すのよ」
 いつもそう言って髪を直してくれる

 転校前からの親友トモコ
 あれからちょくちょくメールがくる

 朝自転車で追いこし際ぎわに
 「新川、元気出していこうぜ」と
 声をかけてくれる竹村くん

 隠されたわたしの体育館シューズを
 むねに抱いて持って来てくれた工藤さん
 顔を見合わせるたびにこっと笑いかける

 そうだ
 わたし ひとりじゃない
 ひとりじゃなかったんだ

   <光・合・成>

 明るいほうへ
 明るいほうへと
 手を伸ばし
 光をかき集めては
 体じゅうで受け止め

 喜びを
 幸せを
 感じようとしているときの人間って
 植物と同じ

 暗闇から
 やっと
 発芽したんだもの

 いまね
 わたしも
 光・合・成

 
 
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by f-azumi | 2015-07-12 08:36 | | Trackback | Comments(0)

生きる力

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  もうすぐたまちゃんのお誕生日。
  たまちゃんも三才。
  おむつが外れたら、もうあかちゃんじゃない。

  おじいちゃんが、お誕生日プレゼントの絵本を選びました。


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          こんな場面や

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          こんな場面もあって……

  ちいさなヤマメのピンクに、子どもたちもきっと、どきどきはらはら。
  「何でも食べなきゃだめよ」とか
  「お友だちにはやさしく」なんて言わなくても

   この絵本を読んだら、きっといろんなことを感じてくれる……


  食べ物のない寒い冬
  動かずにじっと春を待つ場面で動物たちの姿に胸がジンとしました。

  村上さんの絵はデザイン的過ぎる気がして、
  ほとんど手にしたことがなかったけれど、
  ヤマメやイワナがあまりにも生き生きと動いていて
  水の音まで聞こえてきそうで
  おどろきました。
  それこそ食わず嫌いだった。

  たまちゃんもヤーマもきっと虜になるにちがいありません。


     リュウはただいま7・6キロ。
     一キロ痩せました。
     身軽になったので、うちの中を走り回っています。
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      シリアスな横顔
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       正面


  おなかの調子も良好。
  朝はおなかが空いて、五時ぴったりに起こしに来ます。
  しかも「ごはーん、ごはーん」と鳴いています。
  そのうち「はやくしろよ」なんて言いだすやもしれません。


   

 
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by f-azumi | 2015-05-08 17:41 | | Trackback | Comments(0)

本のご馳走

くいしんぼうのわたしは、
未読の本があると、楽しみにとっておいてあとで…ということができません。
「ごちそう」というような本を四冊も友人から戴いて
一気に食べ終わって、まんぷくなわたしです。

どれもそれぞれに味わい深かったけれど
メインディッシュは「六花落々」

六花と言うのは雪の結晶のことです。


「長い人生には、さまざまな人物との様々な出会いがある。
だれとどう結びつくかによって
そこはほっとくつろげる場所になったり、あるいはりっぱな城になるかもしれない。
一方で、負に働き、芯たる自身を腐らせることにもなりかねない。
六花の形は人の縁と同じ……」
「互いに寄り合いもっとも具合のよい形を作る雪
ひとつの粒を、六つの粒で隙間なく囲む。 

六花落々(りっかふるふる)より




下総古河藩の貧しい下級武士の息子小松尚七は

「何故なに尚七」と言うあだ名を持っていた。

探求心をおさえられず、考え始めたら止まらなくなってしまうからだ。

雪の結晶を見ようと何時間もしゃがみ込む尚七に話しかけた

古河藩の重臣鷹見忠常(のちの泉石)は

尚七を藩主土井利位(としつら)の御学問相手に抜擢する。

身分を越えた藩主利位と用人の泉石、尚七、三人の心の交流は最後まで気持ちよかった。
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by f-azumi | 2015-05-05 22:20 | | Trackback | Comments(0)

アジール

中沢新一の「アースダイバー」を読みました。
主人公は「東京」という「いきもの」です。
縄文時代の地図と照らし合わせた「東京」は
開発されて美しく装っていても
ちゃんと、昔ながらの「顔」を残しながら今に至っている。
自然征服と言う「開発」によっても、
決して屈することのない大地の底力があることを思い知りました。


中沢さんの筆は
人の流れと土地の動きを照らし合わせながら
東京と言う「いきもの」の秘密を暴いていく。
わたしたち人間は、自分の力で世の中のことを決定し動かしていると錯覚しているけれど、
実は「土地の力」に、知らず引き寄せられ影響を受けている。

読んでいるうちに
地に横たわる大きな生き物「東京」の姿が
おおきな半魚人の姿で思い浮かびました。
体にはネオンサインがきらめき、キノコのようにビルがにょきにょき
皮膚はコンクリートで固められている。
でも、ずっと守られてきた霊的スポットには
緑があふれて、そこには変わらない時間が閉じ込められているのです。

地上で営まれる出来事のすべてを
正しい方向へと導いているのは
人間ではなく、もっと大きな力。
地下に眠る自然の摂理のようなもの……だろうか。




「自然と言わず生命と言わず、
あらゆるところに自分の原理を浸透させていこうとする押しつけがましさが
キリスト教と資本主義と科学主義と言う、
西洋の生んだグローバリズムの三つの武器に共通している。
このうちの資本主義と科学主義とを受け入れてきた日本人は、
それによってずいぶん得をした反面、心の内部の深いところにまで
その原理の侵入を許してしまった結果、今や大いに苦しめられている」

だが、と中沢氏は言う。

「資本主義経済の支配者たちは、
権力や金に縛られない自由な場所、アジールと呼ばれる空間をどんどん潰してきた。
もしも日本の天皇制がグローバリズムに対抗するアジールとして
自分の存在をはっきりと意識するとき、
この国は変われるかもしれない。
そのとき天皇は、この列島に生きる人間が抱いている、グローバリズムに対する
否定の気持ちを表現する、真実の「国民の象徴」となるのではないだろうか」



きれいに整えられた都会の片隅で
ホームレスの人とすれ違うことがある。
目をそらす反面、心はその姿に引きつけられている。
そこにも
ひょっとしたら「アジール」と同じ空気があるからかもしれない。

どんなに空間が無機質で合理的になったとしても
わたしたちはそこに生きた花を飾るだろう。

どんなに洗練された美意識に包まれて暮らしたとしても、
ある種の猥雑さと湿っぽさと俗っぽさを
わたしたちは愛するだろう。

わたしたちは、狭くて湿っぽくて、絶えず揺れ動く、日本国といういきものの上で、
ずっと生かされてきたから。
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by f-azumi | 2015-04-18 18:05 | | Trackback | Comments(0)

ちびちびくん

きのうのお話会で

坪井のお話ボランティアの方が

「ちびごりらのちびちび」を読んでくれました。

とてもなつかしい絵本でした。

押入れの奥にしまったままだった、昔作ったちびちびくんのぬいぐるみ。

昨日持って行こうかなー、と考えたのに、結局持って行かなかったのです。

もって行けばよかった……

そしたら、絵本といっしょに盛りあがったのにね。

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  ちびちびくんのズボンは、
  娘が赤ちゃんだったときのお洋服の端切れ
  
  時間がさかのぼる、さかのぼる

  だれからも愛されるちびゴリラのちびちびくんのおはなし。

  おとうさんも
  おかあさんも
  おじいちゃんもおばあちゃんも
  おじさんもおばさんも

  らいおんやへびも 

  みんながこのちいさいゴリラが好きでした。

  なんども繰り返される
  絵本のなかの「好きでした」と言う言葉に包まれて、
  聞いているこどもたちは、とろけそうな顔になっていく。
  昨日のお話会もそうでした。

  おとなになっても、だれかに そんなふうに言ってもらいたいよね。
            もちろん、言ってあげたいよね。


ぬいぐるみのバスケットを出したついでに

パペットたちも虫干しをしました。


こんどの出番あるのかなあ、きみたち。

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  このパペットは三十年以上前に作ったもの
  お洋服はわたしのセーターやスカート

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      ときどき、あそぼうね、ちびちびくん。
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by f-azumi | 2015-03-21 10:20 | | Trackback | Comments(0)

読書 覚書

「トウシューズ」  ルーマ・ゴッデン
 
プリマを目指す、少女ロッテの物語
ペットショップから盗まれた子犬を自分のものにしてしまうシーンから始まり、
そのことがずっと尾を引き、ロッテに感情移入できないまま読んでいた。
その子犬は後半、思いがけない活躍をして
人々をまとめ、物語を結末へと導く。
バレエの世界、舞台に立つという晴れやかな気持ちをロッテを通して満喫できる。
この手の話につきものの、かわいいけど高慢ちきな女の子がライバルとして登場。

「悪いやつは眠らせない」 砂田弘
 
地上げ屋によって、家を追われた老夫婦。
立ち退きを最後までためらったのは
東京大空襲で死んだ五歳の娘がその地に眠っているから。

政治家と不動産屋の悪巧みにより、その場所に病院、そしてマンションが建つが、
亡霊を見たという人が続出し、経営者は不慮の事故やノイローゼに。
東都新聞の記者が事件の真相を調べるうち
空襲で死んだ女の子の霊だと判明、都市伝説として記事にする……

ささやかな幸福が「おかねともの」の亡者たちによって
壊されていく理不尽。
ものと金のとりこになって、人間として大切なものを見失う、
何でもお金で解決できると思っている、
そんな世の中に対する警告の物語でした。

「北極星を目ざして」キャサリン・パターソン

主人公のジップは、赤んぼうのときに馬車からころげ落ち
そのまま、孤児として救貧農場で育てられる。
吹き溜まりのような農場には、頭が足りないシェルダン、精神障害の発作を起こすパット
貧乏なやもめのウィルソン夫人と子どもたち…が暮らしている。

動物でも人間でも、ジップは根気よくやさしく世話をしてなつかせてしまう
才能を持っている。
特にあばれ者としてけもののように扱われていたパットが
ジップのおかげで、人間らしさを取り戻していくシーンは感動的。
 
自分が何者か知らなかったジップのもとに
怪しい男があらわれ、ジップのおいたちをほのめかす。

ジップの母親は南部の黒人奴隷で逃亡中に
追っ手から逃れるため、わざと赤ん坊のジップを馬車から落としたことがわかる。
ジップもまた、奴隷として追われる身となる。
いつ狂気の発作が起きるかわからないパットとともに逃げるジップ
かくまうのは、クエーカー教徒のルーク。

奴隷制があった時代の話だけれど
制度はなくなっても
貧困や差別により、現実の中にも似たようなことが起きている。

リンカーンのような、トップに立つ人が変革を起こさなければ
世の中は容易には変わらない。

ジップというのはジプシーから変じた名前ですが
猫が来る前に家にいた犬がジップだったので
思わず手に取った本でした。


 
 
 
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by f-azumi | 2015-02-21 20:44 | | Trackback | Comments(0)

笑いの出前

東京新聞に連載中の、山口さんの「大江戸ことわざ珍百景」

ときどき、メールで出前が届きます。

今日も活きのいい笑いのタネ、ありがとうございます。

 
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   人を見たら暖房(泥棒)と思え。

   ほかほかしますね。
   〈本歌>の泥棒と思えでは、寒々しますものね。
   あったかい人のまわりには、人も猫も集まります。

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  鬼に片棒(金棒)
   
  こわいです。
  知らない間に鬼に片棒をかつがせていたり
  鬼のかごに乗ってしまったり…
  前のかごかきも、鬼に負けないくらいの面構えですね。


どこもかしこも鬼だらけになってしまったらこわいよ。

 
  





  

  
  













  
  
  
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by f-azumi | 2015-02-17 13:33 | | Trackback | Comments(0)

小説

[小説は、目に見えてこう書けばいい、などと安易に習得できるような
ものではない。すべては、その人の感性、生き様なのだ。
だから、小説の書き方の技術だけを学んでも、いい小説は書けない]

この言葉には納得です。

自分の感性や生きざまに
自信をなくすこともあるけれど

歩んできた道こそが「自分」なのだから
脇見せずにこの道を歩こう。

書いたものは、じぶんというより
自分のぬけがらみたいな気がするときもある。

わたしのそそっかしさは、いつも書くものにも表れていて、
あとで「しまった」と思うようなとんでもないミスが多いです。
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by f-azumi | 2015-02-10 08:01 | | Trackback | Comments(0)

こころのことば

「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」

  江國香織さんの本の題名です。

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 ひらがなだけで書かれた柔らかい文字から始まる文章は

 五才児の拓人の心の中の描写。

 この子は人の言葉を理解するのが苦手なのだけれど

 その分やわらかい心が、

 相手の気持ちの色や心の声を読み取ってしまう。

 と言っても言葉で語りかける相手には、拓人は「いない」感じになってしまう。

 「いい」「よし」「すき」「ここにいる」と思えるものに対してだけ拓人は「いる」。

 人間に対してより、虫、爬虫類に対して…(ヤモリ、カエル、シジミチョウ)など、
 人間ならば、自己主張が下手で、言葉を使うより心の中でそっとなにかつぶやいている
 そんな人の心の声を聞き取る。


私たちはものすごい数の言葉に囲まれて暮らしていて、それを自由自在に使いこなしているようでいて、実は、言葉が多くなればなるほど不自由になっているんじゃないだろうか。

拓人は言葉をつかえない。だから感じる。
感じることには「ウソ」は混じらない。

言葉を使って、人はだましたり、悲しませたり、裏切ったりする。
他人だけじゃなく、自分をもだます(言いくるめたりなだめたり)


漢字を使った文章で、拓人の周りにいる人たちに次々と視点が移っていく。


妻を裏切り、愛人と過ごす父親。そんな夫を憎みながらも愛している母親
テレビに向かって独り言を繰り返す隣の老婆。墓地の管理人をする孤独な男
婚約者から突然婚約破棄をされたピアノの先生……の物語

それらに混じって、
拓人と虫たちのものがたりがつづられていく。

不思議な小説だった。

わたしたちは、真実の言葉を語るすべを忘れてしまった。
本当の言葉は、沈黙したとき、心の中でつぶやかれるのかもしれない。

ただその言葉を本当に聞きたいかどうかは別。
だって、人はみんな拓人みたいに無邪気ではないから。

父親の浮気に対して母親が怒る場面がある。
「私が訊いても幼稚園児みたいに
正直に答えたりしないで」
「ウソをつけって言ってるのか?」
「そうよ。そんな人(愛人)はいないって言って」

 
拓人を通して、幼稚園の頃の感覚を少し思いだしました。

人よりも、たしかに、カエルやイモリやチョウやトンボの方が心が近かった。
手にくっついたチョウの鱗粉
取れてしまったバッタの足
オタマジャクシの卵のぬるぬる……

こどもなりに、それらを「いい」、とおもったり「きらい」とおもったり。
「しまった」「どうしよう」とあせったり。

説明もいいわけも裏切りもなく、
ほとんどが感覚だけで生きていた頃へ、ほんのちょっとだけ戻ってみたくなりました。
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by f-azumi | 2015-01-30 20:17 | | Trackback | Comments(0)

記憶

「Permanent  present tense」

 The man with no memory,and

what he taught the world.


「健忘症患者H・Mの生涯」。

てんかん治療のために、二十六歳で脳の一部(左右の内側側頭葉)を切除したH・Mは、
術後、重度の健忘症になった。記憶の保存が不可能になってしまったのだ。
両親、たくさんの研究者や病院関係者に支えられながら
生涯を「脳検査のモルモット」として生きた。

わたしたちは、過去に学習して記憶した情報や技能にもとづいて行動している。
記憶があるから、過去に学び、未来に何をしようかと考えることができる。
瞬間から連続していく長い時間の中を生きることができる。

でも、もしその記憶がなかったら……?

H・M(ヘンリー・モレゾン)の悲劇は記憶の再生をすることができなくなり、「現在の中に閉じ込められてしまった」こと。

ヘンリーは研究対象として、たくさんの人にケアされながら暮らす。
救われるのは、彼自身が自分が人の役に立っていることを喜んでいたこと。

健忘症と言う病気だったからこそ、いわゆる知能テストのような検査と質問の繰り返しを延々と
数十年にわたって続けられたのかもしれない。そうでなかったら、いくら科学貢献といえども
続けられなかっただろうと思う。

ヘンリーのおかげで、脳のメカニズムが解明された。
生きている間の検査研究、そして、死んだ直後にも、科学者たちの見事な連係プレーによって
ヘンリーの脳は彼から取り出され、何百枚ものCT画像を取られ、さらに、保存される。

世界一、研究しつくされた脳。

本を読んでいて感じる「人間の尊厳」に対する違和感はすれすれのところで押さえられる。

研究者たち、とくに四十年以上を共にした筆者のスザンヌ・コーキンのヘンリーへの思いは

他人がとやかく言う隙を与えない。研究対象としてだけでない、人間としての深い情があったのだと容易に想像がつく。

スコヴィルによって施されたヘンリーの最初の手術も、実験的なものだったと明記されている。
医学の進歩の陰に、こうしたたくさんの「臨床実験」があったことを考えて
複雑な思いになった。


memo

➀短期記憶を長期記憶に移行させるには、側頭葉深部にある特定の脳領域が不可欠。

②短期記憶と長期記憶は異なる脳回路が担う別個の過程。

③特定の出来事の記憶(エピソード記憶)
 事実の記憶(意味記憶)
この二つはどちらも前向性健忘症では欠損する。

④特定の出来事の細部(自伝的エピソード記憶)は失われても、外界に関わる一般的知識(意味記憶)は維持される。

⑤記憶は固定化することにより、自己のものとなる。
ヘンリーの場合は、手術前の記憶は固定化できていたが、術後の記憶は固定化できないため、
記憶の更新ができなかった。

⑥ヘンリが覚えていた二つの自伝的エピソード
飛行機に乗って操縦桿を握らせてもらった体験
初めて吸った煙草でむせたこと。
強烈な体験は残る。
⑦彼は記憶を呼び起こそうとするたび「ぼくは自分と議論します」と言う。
⑧ヘンリーは物を覚えられないが、その障害を補う方法を見出すことがある。
⑨夢を見ることで、記憶は固定化される。
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by f-azumi | 2015-01-13 17:13 | | Trackback | Comments(0)


四匹の猫と暮らしのこと
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